日本の毒キノコのことを調べてみましたら,「スギヒラタケ」というのを発見.スギの倒木などにビッシリ生えているのを見たことがある(ような気がする)んだけど,これは「今まで,食用にされていた」が,2004年頃から,脳症(死亡例10数件)との関係がうたがわれているそうですよ.腎機能不全の人が危ないらしいが,健康でも,手を出さないほうが無難ですね.
「スギヒラタケ」は,ご当地では「スギノモタセ」というのだそうです.「もたせ」って,「おみやげ」のことです.杉が枯れて倒れて,そこに残った,杉のカタミ,つまり「おみやげ」ですね.そういえば,真っ白で経帷子のようでもあるから,杉への死に装束,なのかな.シナシシナしていて不気味で,あまり食えるような気がしないし.
ダシ汁を利かせて,おひたしなんかにすると柔らかくてうまいらしいですよ.そこで,腎機能の弱ったお年寄りがやられて,腎不全から尿毒症,そして深刻な脳症になる,といった経過を辿るようだから,過去の事故も「歳のせい」で片づけられていたりして,そんなに目立たなかったのかもしれませんね.
現代進化論では,まずRNA(それは,自己増殖するタンパク質モドキ,といってよいものです)があって,それが機能分化してDNAとタンパク質とができて,DNA→RNA→タンパク質→DNA・・・という自己増殖的化学的ハイパーサイクル・システムが完成し,その複合体として細菌ができて,それらを捕食していたであろう巨大細菌が細菌複合体としての真核生物になって,それが藍藻を取り込んで細胞物複合体としての植物ができて大繁栄し,それに寄生する菌類ができてこれも大繁栄し,そこから動物が進化してきたといわれています.要は,キノコは,わたしたちのご先祖さまの部類です.
一カケラ食べただけでも致死量に達するような,とんでもない猛毒をもつキノコもあるといいます.その毒の正体というのは,環状の小さなタンパク質やアミノ酸誘導体だそうです.多分,神経系,神経細胞の伝達機能物質をミミックして(真似して)結局,阻害するので,致命的なことになるのでしょう.環状の(低分子)タンパク質などは,分解されにくいから,最悪の場合数カ月も体内に留まって悪さをし続けるでしょう.微量でも,継続的に作用し続けるとなると,致命的になります.1週間もジンマシン(アナフラキシィー)が続くというのは,多分それでしょう.
いろいろ調べてみて,なるほどキノコの世界もずいぶん奥深いものだ,とようやく理解しはじめました.マツタケは「H(故人)」の家に行ったときに,彼に自慢げに見せてもらったことがあります.その後,食べる機会はあったものの,ほとんど酒(ビール)のみの上のことだから,いわれるほどの香りもせず,さほど感激もしなかったし,大枚はたいて食べるほどのことはない,と思っています.
しかし,もう一つのキノコの王様である「ホンシメジ」というものには,皆目お目にかかったことがないことに,ようやく気付きました.いまさら食べようとは思わないが,生えている姿を見てみたいものです.
まぁ,こんな調子の,昔から「お勉強」しか能がなかった,イイカゲンな趣味しかない輩ではありますが,機会がありましたら,また,気が向いたなら,キノコ狩りにも誘ってくださいまし.
結局,はっきり食えると決まっているもの,大量に市場に出回って,安全性が確立されているようなもの以外は,食わないほうがよいですね.ホンシメジだって,あまり採れないからその毒性が明確に知られていないだけかもしれず,沢山食ったら,ヒトの体質によっては,何が起るかわかりませんよ.
ヒトヨタケ,って横浜の家の庭にも(庭木を植える前の芝生に)チョコチョコと生えてきましたよ.芝砂を入れたので,そこから生えてきたようです.これが脱ぎ捨てたパンツの下の古畳にでも生えると,それがサルマタケ,というわけですね.ヒトヨタケには,アルデヒト脱水酵素のはたらきを阻害する物質があって,アルコールと一緒に食べると,アルコールが分解されてできるアルデヒトが滞留して,ヒドイ二日酔い症状が出て,それがなかなか消えない,という「酒飲み」あるいはキノコで「晩酌」する人たちにとっては,きわめて恐ろしい「毒性」があるそうです.
「アミガサタケ」だけど,これは「じっくり煮込む料理」にあうんだそうな.アミガサタケに「当たる」のは,煮込み方,つまり加熱調理が足りなかったからではないでしょうか.別に「シャグマアミガサタケ」というのがあって,こっちのほうは「毒抜きする」その蒸気にすら中毒になる人もあるそうです.こりゃ,食用といわれるキノコを食べるのにも,なかなか勇気がいるものですね.いつかはヒッソリとした簡素な(半)自給自足な里山暮らしをしてみたいもの,と思っていましたが,それを実現する前に,たいへんな研鑽や修行や冒険やら,むろん資金も,が必要だということがよくわかりました.
シロマツタケモドキ,というのをインターネット上で発見.マツタケモドキ,マツタケそっくりさんだが,香りがない,と同様で,毒ではないらしい.ホイル焼きにして食べるとウマイそうだ.
しかしこりゃ,趣味もイノチがけだ.インターネット通販で,「商売」にしているのさえいるが,万一事故があったらどうするつもりだろう.実際,道の駅で,ニラとまちがえてスイセンを売った,という例もあったよ.
「安全第一・健康第一」の観点から,市販のシイタケやブナシメジだけ食べることにした.イノチがけの趣味には深入りせず,野生のキノコは写真をとるだけにしとく,ね.
サルノコシカケは見たことがあるが,ツキヨタケはまだ見たことない.日本のキノコ中毒の大半は,ツキヨタケによるものらしいですね.中毒症状の発生もひとそれぞれだけど,食わないにこしたことはない.確かに写真でみると,シイタケそっくりさん.裂くと「紫褐色のシミがある」というのですが,ないのもあるらしい.傘の横に柄がついている,といっても,ヒラタケなんかはそうだし,とっさの判別は難しそうですね.
田舎では,当時小学生だったわたしは,子どもではまだ難しかろうと,キノコ狩りの「山入り」には結局連れていってもらえなかったのです.大人たちが採ってきたキノコの山を見せられただけでした.それまで,それこそ一所懸命に「キノコ図鑑」で覚えたのに,とチョッピリ恨めしい思いをしたのでした.
そのキノコの山に,ホウキタケがあって,これは食用になる,ということは知っていました.そのホウキタケが煮物になって出てきたときには,大きさ(容積)が3分の1ぐらいの親指大の小さなものになっていました.それも食べましたが,その味はよく覚えていません.たぶん,それは味がほとんどしなかったから,ただ染み込んだショウユとコンプだけの味がしたから,なのでしょう.
その大きさのことですが,まぁ,小学正の頃の思い出から,だから,そうあてにはなりません.ホウキタケにも大小いろいろあって,大きいのを見て,小さいのを食べた,ということなのかもしれません.
ただ,わたしの調理の経験からすると,マッシュルームなんかはよく煮込んだ場合には,容積比にして1/2ぐらいにはなっているようです.シイタケの煮物もよく煮込むとそのくらい.佃煮なんかになっているものは,もっと縮んでいます.乾燥させれば,乾燥シイタケやキクラゲで,重量比では1/10ぐらいにはなるのではないでしょうか.どんな生命体でも,90%が水分,でしょうからね.
キノコの「風味」を重んじる人,いわゆる「通」は,あまり熱を加えないで食しているのではないでしょうか.でも万一の場合には,よく熱を加えたほうが,毒は消えなくても,料理全体拡散するだろうから,ちょっとは安全なんじゃないか,とも思うのです.
散歩に行く公園の芝生に,例のサルマタケ風の小さいのも,チラホラ見かけます.秋深し,です.田舎のキノコ狩りの季節も,ちょうど今頃だったのかもしれません.稲刈りが終り,紅葉がはじまり,そして,山の草葉に寒露が光る頃だった.
ところで,大文字草の花期はもう終わったんでしょうか.一度群生しているのをみたいと思っていたのですが.早春に山菜取りに行った医王山の麓の風景は,安曇野とよく似ていて,というよりは安曇野「が」私にとっての「原・風景」である故郷の里山に似ていたのかもしれず,どこか懐かしい思いがいたしました.それが秋にはどんな風景になっているのか,紅葉にはちょっと早いのかもしれませんが,再会を楽しみにしております.
富山は「夜来風雨の声」がして,結構降ったようです.ただ気温がまだ高いですね.この低気圧が過ぎ去って,大陸から高気圧が張り出してきてようやく,秋が深まりはじめるのでしょう.キノコの発生のタイミングとあうといいのですが.まぁ懐かしいキノコには会えなくても故郷の里山の雰囲気が味わえるだけで,その空気が吸えるだけでもありがたいと思っています.
おかげさまで,晩秋(というにはちょっと暑過ぎたかもしれませんが)の里山の風景,話に聞いたが実際には見たこともなかった大文字草の花,そしてキノコたちとも出会うことができました.健康で時間がありさえすれば,そして山菜とりやキノコ狩りなどのささやかな楽しみがあれば,お金はそんなになくとも,昔の山里では,厳しくとも「よい・生活」が送れたのかもしれませんね.