結論

 

ホモ・ファーベルの誕生  10万年前にこの地球上に発生したヒトは,ホモ・サピエンス(叡智あるヒト)であるよりはむしろ,ホモ・ファーベル(工作するヒト,道具を作るヒト)でした.彼らは,自らが作りだした磨製石器や木器によって狩猟や採集をより効率的に行うことができ,さらに,この自然に遍満する4元素の1種であり万物のエネルギー源であるところの「火」を使う技術を修得することによって,自然環境の変化にもよく耐え,多様な食物を摂取することができるようになり,生態システムの頂点に立ち,地球上に拡がりはじめました.

 

「技術システム」の誕生  牧畜は,狩猟によって得られた動物たちを「飼う」つまり餌を与え繁殖させる「技術」の修得からはじまりました.それは同時に農耕を可能にしました.農耕は,飼育していた動物の食料 -それは同時にヒトの食料でもあった- を確保することからはじまったのでした.それはヒトと自然との共生のカタチであり,牧畜や農耕は,そうした共生の環である「産業システム」としての(今でいうところの)()業の誕生であり,それは「産業システム」をより安定的かつ効率的なものにすることのできる「技術システム」の誕生でもあったのです.

「火」を使う技術の発展によって,まず土器が作りだされました.さらに,強力な道具である青銅器や鉄器までもが,彼らにもたらされました.「火」を使うという「技術システム」の進化が,農業革命を引き起こし,より多くの人口を抱えることのできた大氏族(あるいは部族)が連合してポリスを誕生させ,それが文明を誕生させる原動力となったのでした.

この「プロメテウスの火」はしかし自然を滅ぼしまた自らを滅ぼすことのできる「ヘラクレイトスの火」でもあったのです.実際,サハラ砂漠は,ヒトがそれを焼きはらう以前は大森林であったといわれています.この「火」はまた武器を作りだし,その武器の進化が,ヒトの文化文明を破壊しそれを滅亡に導く危険を孕むものとなっていったことも,決して忘れてはなりません.

 

ロゴス・システムの誕生  狩猟や採集から牧畜や農耕といった生産様式の変化は,ヒトのロゴス・システムつまりコミュミケーション行為の手段として不可欠な「言語システム」に影響を及ぼさずにはいませんでした.農耕や牧畜においては,統制のとれた集団的な,共同体的なつまり社会的な「行い」がいかに重要であるか,共同体あるいは共同体を統一し制御することができるような言語活動がいかに重要であるかは論をまちません.ヒトの「技術システム」の進化は,ヒトのロゴス・システムつまり「自然言語システム」の進化と共にあったのです.

 

ポリスの誕生と自然学の誕生  農業革命とそれにともなう青銅器文化や鉄器文化の発生は,ヒトの社会システムをも大きく変えていきました.家族はより大きくなり,氏族となり,胞族となり,部族となり,それが合体して,より強大なイキモノ(有機体)としてのポリス(都市国家)を形成していきました.地中海世界においては,イオニア海に面した場所にギリシア人たちが植民してポリスを打ち立てました.これらのポリスにおいては,エジプト文明やメソポタミア文明の影響を受けて,造船術や航海術が発展し,それは天文学や測地術を必要としました.このように発展した天文学や測地術を起源として,イオニア自然学は誕生したのです.

イオニア自然学は,当時の世界都市(コスモポリス)であったアテナイにおいて,プラトン,アリストテレスの自然学に結実し,さらにヘレニズム時代において,より大きな世界都市であったアレキサンドリアにおいて大発展を遂げ,エウクレイデスの幾何学システムである『原論』やプトレマイオスの天文学システムである『アルマゲスト』によって代表されるような「自然学システム」として整備され,それが地中海世界における自然学の基礎となっていったのです.中世において,それらはまずイスラーム文化圏において継承され,ルネサンスにおいてようやくヨーロッパにおいて蘇ることができたのでした.

 

産業革命と自然学の革命  ルネサンスの背景にあったもの,それはヨーロッパにおける都市文明の進化であり,その延長上にある近代的市民社会の成立であったことは論を待ちません.社会システムの進化とともに自然学は進化してきたのです.社会シテスムの進化はついに産業革命といわれるような「産業システム」とその「魂」である「技術システム」の大進化を引き起こしました.この産業革命から,現代における情報革命に至る諸過程は,「産業システムと技術システムの進化」において述べることにいたします.

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