はじめに
ヒト社会システムと,ヒト社会システムの「魂」ともいうべき自然学 自然システムと自然学すなわち自然システム論とは,それぞれ即自的自然と対自的自然である自然・内・ヒトとの対応関係にあります.さらに自然システム論と(狭義の)メタ自然学とは,その自然のロゴスと自然・内・ロゴスとしてのヒトのロゴスに対応します.この関係性をそのまま敷衍しますと,社会システムと,社会システム・内・存在であるところの,その「魂」としての自然学のあり方,がそこに浮かび上がってきます.
ギリシア自然学において自然とは,その内に自然の万物を生みだすものであり,それじしんがすでに巨大なイキモノだったのであって,現代のような単なる「死せる物質(material)」の「沈黙の集塊(mass)」ではなく,動的な「魂」(イノチやココロ,[ギ]psyche プシュケー,[英] psycho サイコ)さえもつものである,と考えられました.しからば,古代において,ミクロコスモスからマクロコスモスに至るまでの,あらゆる自然の事物に内在する,といわれたその「魂」の正体とは何でしょうか.
古代的「魂」とは,自ら動くことによって他を動かし,他を動かすことによって自らも動くことができるもの,の謂いであり,「動・物」つまり自ら動くものに宿る,その原動力(デュミナス>dynamics,動力学的原因としての自由エネルギー)をもつもの,の謂いです.わたしは,古代において自然の事物に宿る「魂」といわれたものの存在とは,自由エネルギー(=情報)の「流れ」によって駆動される動力学的ハイパーサイクル・システムの普遍的存在である,という仮説を立ててここまでやってきてようやく,ミクロコスモスからマクロコスモスにいたるまでの進化の原因をそこに探り当て,また全自然の運動および進化の原理として解明できたように思います.
残る問題は,人間および人間を要素とする社会現象にまで,それが適用できるだろうか,ということでした.それで,エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』を読み始めて,抜き書きと注釈を作り,それがようやく最後の段階にきました.ヒト社会もまた,人びとの活動の一部である労働と,労働にとっての「魂」ともいうべき技術,つまり「産業システム」とその本質である「技術システム」が,営々と造り上げてきた一つのイキモノであり,イノチとココロすなわち「魂」をもつもの,いわゆるオルガノン(有機体)でありました.
ヒト社会システムの進化が自然学を発生させた わたしが今「行っている」ことって,結局は,自然の,ミクロコスモスからマクロコスモスにいたるまでの全階層における,全存在の進化論,に行き着きそうです.歴史のギリシア原語は,ヒストリアですが,それは人びとが物語ることからの,情報information(カタチを作り出すもの,モノを形作る原因)の探究,という意味があります.「歴史の父」といわれたヘロドドスは,ギリシアの全ポリスとペルシア帝国との戦争,当時のいわば世界大戦であったペルシア戦争の,その原因から結果にいたる全過程を,人びとの証言によって描き出し,ヒト社会システムとしてのポリス-当時の社会システムの単位はポリスでした- に内在し,ポリスを構成し,それを運動させ,変化させ,また衰退させもする,ポリスの存在の進化の原動力が「何であるか」を解明しようとしたのでした.
ヒトの文明は,これで3つの産業革命を経験してきました.1つめが,狩猟・採集が牧畜・栽培に変化する「農耕革命」です.2つめが,エンゲルスがそれを名づけたことで有名になった「産業革命」であり,それは(商)工業の革命でした.3つめが20世紀の後半にやってきた,「情報革命」でしょう.
これらは,社会システムの革命でもありました.まず農業革命は,定住生活を基本としていましたから,大家族連合としての氏族社会を発生させ,その氏族が連合して胞族となり,さらに胞族は連合して部族を構成し,さらにその部族が連合してポリスを成立させました.社会システムとしてのポリス的社会の誕生であって,このポリス的社会システムの成立が,ギリシア古代における自然学の発生をうながしたのでした.
これらの諸革命は,ヒトがヒトにとっての価値物を「再」生産する「産業システム」の革命でもあったのでした.「産業システム」は当然,多くの人びとがそれに参加することによってはじめて成立しています.そして,この産業システムを動かす原動力となるものが,それを構成する人びとが行う「労働」であり,ヒトの労働を成立させるものが,その人がもつ「技術」です.
「産業システム」の本質とは,ヒトの諸活動とりわけ価値「再」生産的な労働であり,その労働を成立させるのがその人がもつ技術です.人びとの諸労働が協働態 –動力学的ハイパーサイクル・システム的存在- となることによってそこに「産業システム」が成立し,人びとがもつ諸技術はそれが協働態となることによって「技術システム」に<なる>ことができます.「産業システム」の原動力となるその「魂」が「技術システム」である,その所以であります.